歴史を考えながら秋葉原の街をちゃんと散歩してみる。GoogleGlassもあった!

Written by Joe
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皆さんがよく行く街や地域。普段気にせず過ごしているかもしれませんが、何故この建物はここにあるのか、ここは昔何があったのか。

街の変化の歴史を把握し、それを考えながらその街を散歩すると、新たな楽しさや発見がありますよ?

今回は、秋葉原という街を題材に、こんな「歴史散歩」を楽しめる機会がありましたので、写真とともに歴史と街を紹介しましょう。

テーマと道順

この「歴史散歩」のテーマとして、今回設定したもの。ズバリ、「秋葉原をたどる ~街の形成と闇市の発展から今へ~」。

まじめに歴史を勉強しに行きます。

道順は以下の画像の通り。クリックで画像を開きます。

散歩の地図 前半

無題

散歩の地図 後半

無題

ちょっと長めになってしまうため、前半と後半に分割しました。

数字が振ってある各ポイントで写真撮影などを行いましたので、そちらも掲載します。また、それぞれの数字のところに何があるかは後述いたします。

各名所とその歴史、前半

散歩で回った各所と、そこにまつわる歴史話を紹介していきます。時代順には並んでいません。

①江戸時代に存在した筋違橋

散歩はは前半の地図の①からスタートしました。現在、神田川にかかる秋葉原付近の橋として、この①にあたる昌平橋と、その東側にある万世橋の2つが存在します。今は、メインストリートといえる中央通が万世橋につづいていますが、江戸時代のメインストリートというのは今とは別でした。

江戸時代、この昌平橋と万世橋の間には、「筋違橋(すじかいばし)」という橋が存在していました。今はなくなってしまい、整備され跡もほぼ残っていません。

江戸時代ともなると、メインストリートさえも違ったのかと思わされます。

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画像は、当時筋違橋がかかっていたであろう場所。奥に見えるのが現万世橋で、撮影したのが昌平橋の上。

ちなむと、筋違橋から伸びていた当時のメインストリートは、徳川将軍の寛永寺参詣道であったことから、下谷御成道とよばれたとのこと。現メインストリートの中央通にかかる、総武線が通っているあの高架線の名前が御成街道架道橋である、というところなどから当時の名残が伺えます。

また、江戸から明治、明治後期にかけて、昌平橋は「上流→下流→上流」と位置が変わり、旧万世橋は現万世橋の上流にかかっていたそうです。

②万世橋の都電の跡と今

今はなくなってしまいましたが、旧鉄道博物館の建物の脇で、万世橋を渡ったところの横にはかつて走っていた都電の電柱があったそうです。

その場所に行き、同じアングルで写真を撮影してきました。

その画像がコチラ。

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右側の画像が当時、まだ電柱の名残がある時代の写真のもので、今はなき石丸電気が見えますね。

今はタイムズのバイクの駐車場があります。

ちなむとこのすぐ後ろには、ラジオガァデンがありまして、肉の万世がありました。肉の万世といえば、萌えキャラのいのりちゃんでしょうかね。

③石丸電気とラオックス、アソビットシティ

④で後述する、闇市の云々などにより、秋葉原に多くの電気商が集まるようになっていき、秋葉原では電気街が発達します。

そんな先述した電気商たちの中から誕生してきたものの中に、石丸電気とラオックス2つの有名な有力店もあり、当時秋葉原が「世界有数の秋葉原」と呼ばれる原因の一つにこれらはなりました。

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画像は、元石丸電気本店の現エディオンと、アソビットシティがまだ残るラオックス。

アソビットシティというのは、広い売り場面積を活かした「日本最大級の総合エンタテインメント店舗」として注目を浴びました。が、わずか1年半で閉店してしまったものとのこと。

④ラジオ会館

世界のラジオ会館、おそらくみなさん一度は聞いたことあるのでは?

秋葉原では、太平洋戦争が終戦を迎えると、米軍や日本軍で使われていた払い下げの電子部品を取り扱う闇市が発生しました。貴重な電子部品が手に入ったりしたとか。

ですが、占領軍(GHQ)によってこれらの闇市は規制を受けることになりました。ラジオ会館は、当時そんな規制を受けた露天商の店が入る目的で建てられた、いわば闇市の名残そのままのものです。

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写真は、ついこの間オープンした新本館。老朽化などの問題で旧本館の建物は2011年に取り壊されていたとか。それにしても、ほんの2週間ほど前の7月20日オープンだったのですね、やけに賑わっていた!

旧本館もぜひ見たかった、当時はあまり秋葉原などを知らなかったのがもったいないです。

⑤つくばエクスプレス

2005年、ヨドバシカメラマルチメディアAkibaとともに開通したつくばエクスプレスは、秋葉原の大衆化に貢献した重要な要員の一つになりました。

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⑥闇市の名残もある?電気屋さん街

山手線の高架下に位置するところに、中古PCなどを始めとしてPCパーツやその周辺分野、防犯カメラなどを扱う電気屋さんが集まっている建物がありました。

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この特徴的な看板の店舗や、その手前にあるニュー秋葉原センターです。

なんというか、闇市チックなものを感じさせる商品も売っていました。

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普及し始めているもののやはりまだめずらしい3Dプリンター、何処から仕入れたのか、大量の中古デスクトップパソコン本体、そして、日本未発売のメガネ型ウェアラブル端末の「Google Glass」まで!!!

最後のGoogleGlassには感動しました。電波法に引っかかりそうで使えなさそうですけれども。

⑦秋葉原公園

秋葉原駅というものは、当時は秋葉の原駅という貨物専用駅であったのですが、そこまで荷物を運搬する目的で、神田川が水運に利用されていました。

そのように神田川が水運に利用されていた跡の一つに秋葉原公園があります。

この秋葉原公園というのは、当時神田川の水運への窓口として働いていた堀があるのですが、その堀割跡なのです。

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昭和通り口付近にある秋葉原公園です。堀割跡を思わせない見た目と雰囲気です。

⑧ヨドバシカメラマルチメディアAkiba

先程も紹介しましたが、つくばエクスプレスの開通と同じ2005年にできたヨドバシカメラマルチメディアAkiba、秋葉原の大衆化に尽くしました。

ですが、ヨドバシの果たした役割はそれだけではなく、当時は「裏」というイメージの強かった昭和通り口に対し、人が流れるようになるという影響も与えた。

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つくばエクスプレスとヨドバシカメラ合わせて、秋葉原の通勤ターミナル化、観光地化にもなりました。

秋葉原の語源

ここで、秋葉原の語源について説明しましょう。

1869年、神田は大火に見舞われました。すさまじい大火事です。

その火事を受けて、今後このようなことが起こらないようにと防火の利益を祀る神社を設けました(鎮火社)。ですが、当時の江戸の人は、馴染みの深かった防火の神様として「秋葉大権現」を祭ったものだと勘違いしてしまいました。

その神社の周辺を、延焼を防ぐために空き地にしていたのですが、その空き地とその周辺が「秋葉の原」と呼ばれるようになりました。

秋葉原駅が貨物駅だった頃まではちゃんと「秋葉の原」と呼ばれていたのですが、今の駅になる時に鉄道官僚が読み間違えて、「秋葉原」、という名前が出来上がったと言われています。

⑨秋葉神社

さて、その秋葉神社、今は上野に移転してしまいましたが、昔は今の駅構内に当たる場所にありました。駅構内にその跡があるらしいのです!

そして、駅員さんに問い合わせたところ、秋葉神社の跡は今は神棚という姿で駅構内の一般人が立ち入れない場所にあるらしいです。また、その神棚はちょくちょく移動を繰り返しているらしいのです!

神棚の場所について。今中央口には「のもの」というお店があるのですが、昔そのお店は昔秋葉原駅の会議室でした。そして、当時はその神棚は当時この会議室にありました。

ですが、駅の2階に会議室を移転することになり、工事をすることになったそうです。その工事期間中だけ、神棚は駅長室に置かれていました。

工事が終わり、2階にある会議室が使えるようになると、神棚をそこに戻し、旧会議室はのものとして生まれ変わったそうです。

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これが、今の中央口にある「のもの」です。今はこの二階の会議室に神棚が置かれていて、まあ実質ここが本来の秋葉神社の跡地と言った感じでしょうか。

⑩秋葉原クロスフィールド、神田青果市場跡地

さて、秋葉原電気街口から出ますと、巨大なビルが2つ、ダイビルと秋葉原UDXが見えますよね。これらがあるあの場所を、秋葉原クロスフィールドと呼びます。

この秋葉原クロスフィールドには、1989年まで青果市場がありました。この青果市場の影響で、当時周辺には飲食店が軒を連ねたそうです。

今は、これらの多くがなくなってしまいましたが、かんだ食堂など、老舗として営業を続けている店舗もあります。

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奥に見えるのがUDX、手前がダイビルです。

⑪サブカルチャーの発展

秋葉原では、アニメ・ゲーム・同人誌などのサブカルチャーの発展が、今日に至るまでありました。

そんな発展を引っ張った先進地、発信地として、メイドカフェやコスプレショップ、アニメイトやとらのあななどが開店し、消えていった家電量販店の跡地に店を構えていきました。

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画像はとらのあなとアニメイト。

⑫筋違橋時代のメインストリート

周りに回って戻ってきてしまいました。

筋違橋の時にも説明させていただきました、当時の参詣道でもあったメインストリートです。

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奥に見えるガラス張りのビルである住友不動産ビルを右に行くのが当時の参詣道だったメインストリートに近い道のり。またそこを左に行って奥へ行けば魅力的なPCショップがたくさん。

前半終わり

どうでしょう、散歩をする所ごとにいろいろと、それぞれ違った秋葉原の歴史を紹介してまいりました。

今度行くときは、今回紹介したことを頭に入れながら言ってみると面白いかもしれませんよ?

いよいよ後半

後半は、大して分量はないです。歩く距離で前後半分けたので、歩いた距離は長いですが実際寄ったポイントは1箇所です。

①秋葉神社

今、秋葉原駅構内にその移転前の跡を残す、秋葉原の語源にもなった神社です。

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浄めの水?で手と防水端末を清めて、少し休んだら、今回の長い散歩は終わりです!

後半終わり

後半は神社一つ見ただけですが、やはり秋葉原の語源にもなった神社の現在の姿を見るということで、最後のポイントにはぴったりでした。

ここを訪れてスッキリ終われました。

まとめ

  1. 歴史を見ながら秋葉原をちゃんと散歩
  2. 普段気づかない面白いものが見えてくる

ソース

事前調査や事後調査に参考にさせていただいたサイト様です。

http://mediaport.on.coocan.jp/kandagawa/bridges/manseibashi.htm

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E8%91%89%E5%8E%9F

http://ameblo.jp/tkyburabura/entry-10483354974.html

http://dic.nicovideo.jp/a/%E7%A7%8B%E8%91%89%E5%8E%9F%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%AA%E4%BC%9A%E9%A4%A8

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